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Tr01_00:00_ウェーブ民族

「ひとつの、その場所で」

遠くに聴こえる波の音と生暖かい南国の風で僕は目を覚ました。
頭が痛い。
昨夜はすいぶんと飲んでしまったようだった。
それにしても、ここはどこなんだろう? 
僕は見知らぬビーチのハンモックで目を覚ました。

ハンモックの横に転がっている、砂まみれのポケットラジオから南国の民族音楽のような曲が聴こえてくる。  

「今日は日曜だったかな……」

空は雲一つなく晴れ渡り、アロハシャツの間を爽やかな海風が通り抜けてゆく。

とりあえず喉が渇いた。
ビールでも飲みたいところだが、ここには何もない。

通りまで行けば何かあるかも知れないと思い、僕は静かなビーチを後にしてヤシの木が並ぶ通りのほうへと歩いて行った。


 
Tr02_01:04_トゥクトゥクライドーン

「バンコクの市場まで」

「街まで行くのかい?」
細く整えられたヒゲを生やしたトゥクトゥク乗りの男が声をかけてきた。 オンボロのバスドラムを改造して飾り付けた派手なトゥクトゥクにはCharleston号と書いてある。 (勝手に名乗っているだけじゃないか)
そう思いながらトゥクトゥクの荷台席に乗り込んだ。

蒸し暑く、排気ガスにむせ返る南国の街にパランパランと乾いた音を響かせてトゥクトゥクは屋台市場に向かった。
市街地に近づくにつれてバス、トラック、トゥクトゥク、自転車、人が増えてくる。 あらゆる乗り物がクラクションを鳴らしているが、バッテリーが弱っているせいか、ミーミーと情けない音しかしない。 ミーミーの大合唱だ。 そんな街中を縫うようにCharleston号はすり抜けてゆく。
屋台市場ではビニール袋に入ったフルーツをほおばりながら隅々まで散歩した。 とても衛生的とは言えない屋台市場は活気に満ちていて、様々な人が大きな声で話している。 

最初からフタがスカスカだったミネラルウォーターに不安を感じた僕は市場の片隅にある仮設トイレに入った。 行けるときに行っておこうという気持ちからだ。
たぶん、これはダメなやつだ。


 
Tr03_03:54_バリハイ

「マジックアイランドのギター弾き」

「ふ〜〜〜」 これで安心だ。 まだ腹は壊してない。
トイレのドアを開けると、そこは目の前に島がある夕暮れのビーチだった。
「あれ………確か、屋台市場のトイレに入ったはずだけど……」
不思議に思っていると、目の前に奇妙なヒゲをしたマジシャンのような男が立っていた。 その男の手には古びたギター。
「マジックアイランドへ行くのかい?」 男が聞いてきた。
「マジックアイランドも何も…僕は屋台市場にいたんだ。 ここはどこなんだい?」
男は無言でうなずきながら 「幸せになりたいなら僕のギターを聴いていかなくちゃいけないよ」と微笑んだ。 (めんどくさそうなヤツだな…)と内心思ったが、少し休んでいこうと思い、彼の演奏を聴いて行くことにした。
遠くに聴こえる波の音と、古びたギターの鳴らなさが心地よい。
ステージから、彼は何度もこちらに微笑みを投げかけてくる。
僕は無言のまま軽く相づちを打って彼の演奏が終る前に、その場を後にした。 面倒はごめんだ。

奇妙なヒゲの男の演奏を遠くに聴きながらマジックアイランドを望むビーチを歩いていると、イベント会場のような賑わいが聴こえてくる。 何かイベントをやっているようだ。


 
Tr04_08:04_ブルースカ

「スチールキャスターの男と砂まじりのオムレツ屋」

<南国の風〜スチールキャスターの調べ>
いかにも日本の旅行会社が企画したようなタイトルの看板だなぁ。と思いつつ、ハワイ風に演出されたイベント会場へと歩いてゆく。
ヤシの木々を抜けると、そこには300人ほどの人が古典フラというのか、ポリネシアンというのか、レゲエダンスというのか、奇妙な踊りを一心不乱に踊っていて、まるで宗教儀式のような光景だ。
「なんだこりゃ! そして300人もの人を踊り狂わせているスチールキャスターなる宗教的な楽器を弾くヒゲの男は一体何者なんだ?」

その、あまりにも異様な光景にあっけにとられていると、背後から 「ヘイ!オムレツでも食べないか?」と声がする。 振り向くと、チョビヒゲの男がカウンターの中から自分の店の看板を指差している。イベントに出店してる業者のようだ。 ちょうど腹も減っていたところだった。 「じゃあもらおうかな、そのスモールのやつを一つ」とオーダーすると、チョビヒゲの男と店の周りにたむろしている客達がニヤニヤしながら 「ビッグで行け、ビッグで行け」と勧めてくる。 「まぁいいか」と、ビッグのチョビヒゲオムレツをオーダーした。
そのオムレツはまるで砂を噛んでいるようなジャリジャリした食感で最悪なオムレツだった。 しかし、食べているうちに…あたりの風景がグルグルと回転し始めた……クソまずい上に……クソッ! あのヒゲオヤジ……! 
絶対…絶対に……


 
Tr05_10:53_水泡スパイラル

「水泡に巻かれて」

気付くと、僕はプールのウォータースライダーの上にいた。
自分でここまで歩いてきたのか? 
どこかのホテルのようだが……… 
オムレツを半分ほど食べたところまでしか記憶がないのだ。

しかし、立っていられないくらいだったのに一体、どうやってここまで来たのだろう。 なにしろ気分が悪い。

次の瞬間、僕の体は炭酸のような細かい水泡に包まれて、チューブの中をキリモミ状に滑り落ちて行った…一体どこまで飲み込まれて行くのか。

チョビヒゲのオムレツ屋の顔が頭に浮かぶ……
クソッ……クソッ………あの野郎! 
絶対に許さないぞ……! 
あのニヤけた顔が忘れられない。
ちくしょう! 
どこまでも続くようなチューブの中を落ちて行く………。


 
Tr06_12:37_

「霧の立ちこめる不気味な沼」

ドサッ!!  
ここは……頭がボンヤリしている。
胃のむかつきがひどい。
「あのチョビヒゲおやじ……クソなオムレツ食わせやがって……」
後悔しかなかった。
それにしても腰まで沼に浸かっている。 
体の自由が効かない…意識も朦朧としている。
一体どうしたというのだ。
「ここは一体………」

全身をエビのようにのけぞらせて辺りを見渡すが、このままでは霧の立ちこめる薄暗い沼に飲み込まれて行ってしまう。 真っ暗な頭上を見上げると、ちょうど体が入りそうな明るい光の穴がある。 その穴に行きたいと思うだけで沼から抜け出し、フワリと浮遊して楽園のような穴に浮上していけることに気付いた。 沼から抜け出すには、この不思議な力を利用するしか方法がないようにも思えるが、本能的に 「ここから先に行ってはいけない」と思い何度もとどまる。 幾度も幾度も穴に吸い込まれる寸前で 「ドンッ!」とフチのところに両手を突っ張って阻止しては、また霧の立ちこめる沼に落ちるのだ。 しかし幾度かの抵抗も虚しく、ついに僕は楽園のように見える穴の中に吸い込まれてしまった。 その入口は極彩色に光り輝いて目がくらむほどだった。 「どこに吸い込まれてしまうんだ…」


 
Tr07_15:58_接続

「音の洪水の中で」

とてつもない速さで光り輝く極彩色のチューブの中を駆け抜けてゆく。 様々な色の光が後ろへ駆け抜けてゆく。
様々な音の洪水が押し寄せる。 

どこまで吸い込まれてゆくのかわからないが、自分ではどうすることもできず、ただただ身を任せるしかなかった。 全身が右に左に揺さぶられ、上昇しているのか、下降しているのかさえもわからない。

「ダメだ! 止まらない! 上下も左右もわからないぞ!」

その瞬間、まさにその瞬間、ふわっと体が浮き上がる感覚とともに、嵐のような極彩色の世界は突然消滅した。 
眩しい光にやられ、何も見えない……。
しかし、足は地面に着地しているようだった。
異臭が立ちこめ、空気は蒸し暑く、湿度が高いことはすぐにわかった。
足下はフワフワとしたビロードのような感触だ。

しばらくすると少しづつ視力が戻ってきた。
辺りの風景がうっすらと見えてきた。


 
Tr08_16:23_ラフレシア〜臭い花

「異臭漂う美しい森」

そこは強烈な異臭を放つ、巨大な花が一面に咲き誇るラフレシアの森だった。 臭く美しい森の足下には一面に怪しく光るコケが広がっている。 鼻をつまみながらラフレシアの森をあてもなく彷徨う。
 
「いらっしゃい」 爽やかな笑顔をたたえた賢そうな男に出会った。
「人に会ったのは300年ぶりかな。 まあチャイでもどうぞ」
その賢そうな男は甘くスパイシーなチャイをふるまってくれた。
レコードプレイヤーに針を落とし、素敵な音楽をかけてくれた。
そして彼はラフレシアの森について少しだけ話をしてくれた。
僕の質問には少し的外れな答えしかしてくれないが、どうやら、この森には彼の前にも4人のヒゲの男がいたということだ。
「だから僕は5人目ですね」と彼は微笑んだ。
ここは強烈な異臭に鼻が麻痺してしまえば、とても幻想的で美しい森だ。 そのころには僕の嗅覚は、ラフレシアの森にすっかり慣れてしまっていた。 チャイを飲んでホッとしたのか、沼からの疲れが出たのか、僕は眠くなってしまった。
テーブルにうつぶせになって眠りに落ちてしまう瞬間、そう…ほんの落ちる寸前のことだ。 今までとは明らかに違う、満面の笑みをうかべて僕を見下ろす彼の視線に気付いたのだった……
「え? なんで?… なんでその笑顔…なんで?…」 
そう思いながらも抵抗することもできず僕の意識は遠のいていった…


 
Tr09_22:00_何かの歌

「記憶の彼方」

どれくらいの時間が経っただろう…いや…何年なのか…何百年なのか…時間感覚が麻痺している。 後頭部が痺れている。
しかし、僕は自分の脳内で神経細胞が次第に再接続を始めていることに気付いた。 だが、まだ体を動かすには至らない。 脳裏には、これまでの不思議な旅が走馬灯のように駆け巡っている。

トゥクトゥクの男、マジックアイランドのギター弾き、儀式のように人々を踊らせていたスチールキャスターの男、チョビヒゲのオムレツ屋、そしてラフレシアの森で出会った賢そうな男……

その時、僕はあることに気付いた。
「これは夢の中だ!」 
夢を見ながら、そこが夢の中であることに気付いたのだ。 

どこからともなくベースの音が聴こえてくる。
それに続いて歌声が聴こえてくる。
「これは何だろう……あっあれは!」
かろうじて動く目だけを向けると、そこには、これまでに出会ったヒゲの男達が一列に並んで僕に向かって歌を歌っているではないか。

そして、これが夢の中であることに、僕はすでに気付いている。


 
Tr10_25:12_とろけるバカンス

「溶けてゆく意識」

カウントとともに彼らの音楽は続いた。

夢と現実が溶け合う不思議な感覚の海で耳を傾ける。
「もう考えるのはやめよう」 
夢の中であることに気付いた今は、そんな気分になっていた。

柔らかな光と浮遊感に包まれて、彼らの奏でる音楽に身を委ねる。
この不思議な夢の世界を楽しもうという余裕が出てきていた。

「ハンモックの横にあった、砂まみれのポケットラジオだ…」
この夢の中の奇妙な南国旅行は、あのラジオをチューニングしたところから始まっていたことを思い出した。

日常と非日常、夢と現実の境界は曖昧になり、僕の意識と体を不思議な南国世界に誘って行った。

音楽はリズムとメロディが次第に溶け合い、視力、嗅覚、聴覚などの五感を一つの感覚に統合しながら遠ざかっていった。


 
Tr11_29:35_スウェット・ロッジ

「ひとつの、その場所で」

暗闇に視界を奪われた僕は、いつしか蒸気の立ちこめるロッジの中にいた。

しかし、その空気感をイメージするだけで、すぐ近くにあのヒゲの男達とラフレシアの森で出会った賢そうな男が楽しげに座っている様子を感じ取ることができた。
車座に座った彼らは何やら楽しそうに談笑している。
僕は何も言葉を発することもなく、彼らの他愛のない話に耳を傾ける。
時折、相づちを打つように彼らを見渡すだけだった。
そこはとても心地良い、リラックスした感覚の世界だった。

特に何を伝えたいわけでもなく、何かを主張したいわけでもない。
誰かの話を聞くでももなく、聞いていないわけでもない。
反論するでもなく、同意するでもない。

ただ同じ空間で、同じ意識を共有する。
ただ、それだけのことだった。

しかし、それはとても幸せな気分を感じられる特別なひとときでもあった。 彼らとは一言も話していないのに、どこか懐かしさを感じていた。


 
Tr12_30:47_ブルースカ・ドリーミン

「夢の旅の向こう側」

気が付くと、僕は心地よい波の音と、海風に吹かれて、ハンモックに揺られていた。   

「また、あの旅に出られるのはいつのことだろう」

それは誰にもわからないことなんだろう。 

でも、それは突然やってくるのだろうということはわかっていた。 

それは思いがけない偶然が重なって突然目の前に現れることなんだろう。

今、ハンモックの横に、あのラジオはない。

きっと、またいつか、あのラジオを見つける日が来るだろう。

今度は、どんな南国世界を旅するのだろう。

また違う、どこかの南国へ。